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  • 竹内健人

タイムマシンが欲しい

こんにちは、最近はすごく寒くなってきて、半袖の上にジャケット、ジャケットの上にコートを着て、元々膨れているのに着膨れしているというおかしな状況にある竹内です。

筆無精と言いつつ、連日書いているじゃねえかよというツッコミは置いといて。小学生の頃、4月の始まり1週間のノートはすごく綺麗でした。あとはお察しです。

人の心って分からないなぁと思う今日この頃。いや、病んでる訳では無いので大丈夫。

我々指揮者は、「楽譜を読む」作業が大半です。どうしてもオーケストラの前に立って棒を振っているイメージと取られがちですが、実はデスクワークがほとんどです。

「楽譜を読む」と一言でいってもその意味は様々です。

形式や調性を理解したり、どの楽器が出てくるのか把握したり、はたまたどのように振るか考えたり…

ですが、1番大事なのは曲のイメージを自分の中でしっかり持つことだと僕は考えています。

この曲はこういう曲だ、この場面はこの心情でいきたい!などなど。


その中でふと湧いてくる疑問。

「作曲家はどういう気持ちでこの曲を書いたのか」。

音楽のほとんどは、実は間接的です。例えば、画家は自分が持ったイメージをキャンパスに表して、1枚の絵ができ上がる。これは1人で全てやっているので直接的。

音楽は作曲家が書いて、指揮者が楽譜を見て、演奏者が楽譜を見て、そして、演奏者と指揮者が相対してリハーサルをし、コンサートで曲を発表する。だいぶ複雑、間接的なのです。

僕は「再現芸術」だと思っています。だからこそ、作曲家の意図を汲み取る事を軽視しちゃいけない。


ショスタコーヴィチという作曲家がいます。この作曲家は戦争と共に取り上げられる事がしばしばあるのですが、果たして彼は戦争に対して、「悲しい」のか「怒っている」のか「呆れている」のか「馬鹿にしている」のか、はたまた「賞賛」や「迎合」もあるかもしれない…もちろんそれだけではなく、混ざった感情や、その時の気分によっても違うかもしれない。ましてや同じ時代を生きていない人間。


ううむ…しかしそれが魅力なのだと、それを考えるのが面白いところなのだと、自分に言い聞かせながら譜読みをしている毎日です。


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